2013/10/08 Category : 未選択 慶大とJST、有機超薄膜に金属ナノクラスターの電極を形成する技術を開発 有機超薄膜に金属ナノクラスターの電極を形成する技術を開発 -有機薄膜デバイスの高性能化へ道を開く- <ポイント> ・炭素原子がサーカーボール状になったフラーレンの薄膜上に、銀ナノクラスター(銀の原子レベルの集団)を固定化することに成功。 ・固定化した銀ナノクラスターを介し、フラーレン薄膜に電子と正孔を注入できることを確認。 ・金属と有機薄膜の界面における電荷の注入・分離・蓄積などを精密制御する方法に道を開くことが期待される。 JST課題達成型基礎研究の一環として、慶應義塾大学理工学部の中嶋敦教授らの研究グループは、機能性有機分子で作った数ナノメートル(ナノは10億分の1)の超薄膜上へ、金属電極を形成する技術を開発しました。 有機薄膜デバイスの実用化、高性能化へ向けた研究開発が世界的に進められています。これらのデバイスでは、金属電極と有機薄膜間に形成される界面の構造や電子特性がデバイスの性能を支配します。通常、有機薄膜上への電極形成は金属原子の蒸着(注1)を使いますが、金属原子が薄膜内に侵入して有機薄膜の破壊や電極間の金属架橋形成などが起こり、デバイス特性が著しく劣化することが問題とされていました。 今回研究グループは、原子の代わりに銀のナノクラスター(注2)を用いて、有機分子の1つであるフラーレン(注3)の超薄膜上へ蒸着し評価する研究を進めました。その結果、蒸着条件の最適化によって、さまざまなサイズのナノクラスターをフラーレン薄膜表面へ安定的に固定化できることを見いだしました。この時、フラーレン薄膜の秩序性が損なわれることはありませんでした。さらに、銀ナノクラスターを介してフラーレン層の最表面に電子および正孔を注入できることも確認できました。 この成果は、金属ナノクラスターを有機薄膜表面に安定に固定化する技術と、それを原子レベルの精度で評価する技術の統合によって実現したものです。これは有機薄膜上に、金属原子の侵入のない電極を形成する新手法を提示したばかりでなく、界面における電子・正孔の注入・分離・蓄積などを精密に制御するための方法の確立に道を開くものであり、有機機能薄膜を太陽電池や波長変換素子、センサーなどに応用展開するための基盤となる重要な技術的指針を提供するものです。 本研究成果は、ドイツの学術誌「AdvancedFunctionalMaterials」のオンライン速報版で近日中に公開されます。 本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。 戦略的創造研究推進事業ERATO型研究 研究プロジェクト:「中嶋ナノクラスター集積制御プロジェクト」 研究総括:中嶋敦(慶應義塾大学理工学部化学科教授) 研究実施期間:平成21年10月~平成27年3月 JSTは、このプロジェクトで、ナノクラスター大量合成と集積方法の開発、集積体の物性機能解析、並びに新規なデバイスの作製に取り組むことを通して、ナノクラスター物質科学の基礎を確立するとともに、新たなナノデバイス創成の道筋を提示することを目指しています。 <研究の背景と経緯> 有機薄膜の機能を利用した情報素子や光電変換素子を作製するためには、有機薄膜の秩序性および機能性を損なうことなく電極を接続し、電気信号の入出力(電荷の注入あるいは取り出し)を制御する必要があります。 多くの有機素子は2つの金属電極間へさまざまな有機薄膜を配置したサンドイッチ構造(電極/有機分子層/電極)で構成されますが、このとき、上下の金属電極と有機薄膜間に形成される金属と有機分子、および有機分子と金属の界面が素子性能を左右することが知られています。特に、金属原子の侵入が起こらないような界面の設計は、電荷(電子および正孔)注入の制御、蓄積や取り出しを実現する上で極めて重要な要素技術であるとされています。 サンドイッチ型素子の最も基本的な作製手順としては、下部電極となる金属基板上へ有機薄膜を積層した後に、上部電極として金属層を気相蒸着によって形成します。有機薄膜を平坦な金属表面上に形成する場合には、金属原子の侵入がない有機分子と金属の界面をさまざまな方法によって形成することができます。一方、有機薄膜上に金属原子を気相蒸着し電極形成する場合には、金属原子の侵入によって有機薄膜の破壊や電極間の金属架橋形成(短絡)などが起きて、素子特性が著しく劣化することが指摘されていました。これは、有機薄膜の厚さを薄くするにつれ、より致命的な問題となります。このため、厚さ数ナノメートルの有機薄膜上へ、制御しながら電極形成できる新技術が求められています。 <研究の内容> 本研究では、金属ナノクラスターの気相合成、サイズの選別、蒸着、および物性評価を一貫して真空中で行いました。有機薄膜として、シリコン基板上へ適量のフラーレン分子を真空蒸着することで、厚さ数分子層のフラーレン超薄膜を作製しました。この方法で作製した薄膜は高い分子配向性を持つことを確認しています。本研究では、マグネトロンスパッタリング法(注4)によって、さまざまなサイズの銀(Ag)ナノクラスターを気相合成し、それらのサイズを原子1個の精度で選別した後にフラーレン薄膜表面へ蒸着しました。こうして作製した試料の表面形態と界面の電気的接続を、走査トンネル顕微法/分光法(STM/STS)(注5)によって原子レベルの精度で評価しました。蒸着するナノクラスターのサイズや蒸着条件を系統的に変化させ実験を行ったところ、以下の知見が得られました。 ◆銀原子の侵入のない界面が形成 3分子層の厚さを持つフラーレン薄膜上へ、Ag55(55個の銀原子が集合したナノクラスター)を蒸着しました(図2(a))。分子膜上に特徴的なドット形状の構造体(丸印)が形成されており、これはナノクラスター蒸着前には観察されません。個々のドットの高さを統計的に調べたところ、大半のドットの高さは1.2nmであることが分かりました(図2(b))。この値は理論的に予測されるAg55のサイズとほぼ一致します(図2(c))。同様に、Ag7(7個の銀原子が集合したナノクラスター)を蒸着したところ、今度はAg7のサイズに相当する高さのドットが大半に形成されました(図2(d)-(f))。以上の結果は、蒸着されたナノクラスターが破壊されることなく分子薄膜上に乗っていることを示しています。 さらに、ナノクラスターの蒸着量を増加させることによって、分子薄膜表面を銀ナノクラスターによって一様に被覆することもできます。興味深いことに、この被覆過程を詳細に調べたところ、銀ナノクラスターの密度増加に対してフラーレン薄膜の物理的な破壊や、分子の配向性の著しい劣化が起きることはありませんでした。(図3(a)-(c))。 以上の結果は、厚さ数分子層の有機超薄膜に対して、その秩序性を損なうことなく、電極形成できることを示しています。電極形成に従来の原子蒸着法を用いた場合には、 金属原子が有機薄膜内に侵入したり、有機分子と反応したりするため、電極の厚さを制御することは困難である上、電極の形成によって有機薄膜の機能が損なわれてしまいます。 本研究によって、このような課題の克服への道が大きく開かれたといえます。 ◆フラーレン薄膜への正孔・電子の注入が可能に 図4は、STM探針を試料表面へ接近させ試料とSTM探針の間に流れる電流(トンネル電流)を測定した結果です。測定は、フラーレン薄膜上の銀ナノクラスターの存在する領域(図4(a))と存在しない領域(図4(b))で行いました。ここで注目されるのは、銀ナノクラスターの存在する領域では、探針に加えた電圧が正および負の領域において、ともに特定の電圧において導電性の指標である微分コンダクタンス(dI/dV)が極大ピークを示すことです。正および負電圧領域におけるピークの存在は、銀ナノクラスターを介してフラーレン薄膜へそれぞれ正孔および電子が注入されていることを意味します。さらに、電荷注入に必要な電圧値(注入障壁)を、銀ナノクラスターの蒸着条件やクラスターのサイズを調整することで制御できることが分かりました。一方、銀ナノクラスターの存在しないフラーレン薄膜表面では、正電圧の領域にはピークが現われません。これは正孔注入が困難であることを示しています。 ナノクラスター蒸着による電荷注入特性の改善には、銀ナノクラスターとフラーレン薄膜界面に形成される特異な電子状態が寄与しているものと思われます。 これらの成果は、本プロジェクトにおいて開発を進めてきたナノクラスターの気相合成およびサイズ選別技術、さらには表面の構造や電子特性を原子レベルで評価する計測技術を総合的に利用することによって世界で初めて達成されました。 <今後の展開> これらの研究成果は、有機薄膜上への金属ナノクラスター蒸着により形成される金属/有機薄膜界面の構造・電子状態に関する前例のない基礎的発見であると同時に、有機薄膜上への金属電極の形成という有機薄膜デバイス実現のための重要な技術指針を提供するものです。 今後は、この成果に基づいて、種々の有機分子とナノクラスターの組み合わせや、それらの複合化などを工夫することによって、ナノクラスターを応用した新たなデバイス開発を加速していきたいと考えています。 PR Comment0 Comment Comment Form お名前name タイトルtitle メールアドレスmail address URLurl コメントcomment パスワードpassword